建築家 P・ジョンソン死去に思ったらしい
昨日の朝日新聞朝刊に、フィリップ・ジョンソンについての隈研吾氏の書いた記事が載っていた。
彼は、コルビュジエやミースといった20世紀を代表する建築家とは、全く逆の手法で建築を作ったと。

つまり、前述の巨匠たちは、コンクリート、鉄、ガラスといった「物質」をいかに奇麗に組み上げるか、を追求した人たちであり、一方、ジョンソンは「映像」ありきで、その「映像」を物質へと翻訳していった、と。

で、それは「ディズニーランド」の手法と同じで、アメリカが世界を制した大きな要因である、と。

なあるほど、だと思います。
今でも、「物質」というものは非常に重要なファクターであり、その納まりというものが建築家の手腕の一つであったりして、宮脇檀のような真面目な住宅作家は、その納まりについて、いろいろと挑戦し、そして日本らしさというものも程よくできたような気がする。

一方で、モダニズムだとかポストモダンだとか、はたまたデコンだとかといった思潮のムーブメントはさっそうと時代を駆け抜け(というか、時代の後から付いてきたりして)、誰しもが、「装飾バブルだ!、次は壊すんだ!、いや、透明だ、建築を消せ!! 違う違う、スーパーフラットだ!!!」などと、あれこれしたのは事実であり(隈研吾氏のM2とかいい例のような気もする)、必死になって次の建築を模索したんだけれど、結局はそれを遠目でみて、

「いやはや、大変ですな」

と、ムーブメントの仕掛人の一人であるジョンソンが、普通の寝室で休んでいた、というのは、一本取られました、と言うより他無い。

具沢山のこってりラーメンもたまには良いが、最後にはあっさり醤油ラーメンが一番、というのが建築でも遊び(ディズニー)でも同じなんですなあ。
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by susinger | 2005-02-03 22:31 | 建築