カテゴリ:建築( 7 )
コンクリートの世界
c0011564_23281443.jpgダムのコンクリートって格好良い。だってこんなに大容量なのにこんなに時間たっているのに、ひび割れひとつない。まあ、ひび割れたらダムの意味ないんだけど。
それに比べたら建築で使うコンクリートってしゃぶしゃぶだな。すぐひび割れるし、それでも業者は、
「こんなのは当たり前ですよ」
って開き直るし。作業性とか流動性を考えたらまあ仕方ないのかもしれないんだけど、でもなんだかなあ。

基本的に鉄筋を入れる建築の鉄筋コンクリートと、重量で勝負する土木のコンクリートではその性格が異なるのは当たり前なんだけど、でもでも、うちっぱなしの安藤忠雄建築はスランプ値9とかっていうじゃないですか!! 作業する職人さんも大変だな。でも確かに石のようなコンクリートになるけど。
でもやっぱりダムにはかなわねえ。
ダムは格好いい。
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by susinger | 2005-04-02 23:38 | 建築
丹下健三氏について
c0011564_061959.jpg建築関係者のみならず、ちょっと都市や建築に興味のある人なら、「ああ、、、」といわれるほどの巨匠、丹下健三氏が亡くなられたことは、皆さん御存じの通り。「造形美」という言葉が最もふさわしい氏の作品については、時代や思潮の流れに伴って社会的に賛否両論あったことと思うが、やはり今さらながら、「凄かった」としか言えないような気がする。

私が学生だった頃、東京都庁舎もフジテレビ本社屋もできあがっていて、授業でも丹下健三の名前が出ることはなかった(やはり、コルビジェとかライトとかは出るんだけど)、と記憶している。しかしそれは暗黙の了解のようなものであり、スケッチするには一番のお手本だったような気がしている(それほどスケッチしなかったけれど)。

学生達は丹下健三や磯崎新、はたまた安藤忠雄といったビックネームよりも、妹島和世や西沢立衛、シーラカンスやみかんぐみのことが気になっていた。それは造形美うんぬんの話よりも建築の存在についての興味だったし、建築である必要性の有無、といった、建築をやりながらそれを否定しつつもある、といった二項対立のようなふわふわした議論だった。だから私はあまりついていけなかった。もともと造形美に興味があった私はたいして評価されることもなく(まあ、下手だったせいもあるが)、結局スケッチから遠のいてしまった。

でも、現実に建築は建っているし、立ち上がってしまう。その存在を消そうとしても基礎の配筋はD10やD13で行うし、建て方にはクレーンがぐおおおおと唸りをあげて鉄骨や木材を持ち上げる。そして造形はできる。

丹下健三氏の作品はそうした唸りの中で、唸りに負けないほどのパワーを持って、
「オレが建築だ、この野郎!! 文句あるか!!」
と存在するし、これからもあり続ける。

私は今でも、関東に大震災とかの大ピンチが来襲したときには、東京都庁舎がガシャガシャと音をたてて、巨大なロボットに変身(変形)する、と信じている。

ご冥福をお祈りいたします。
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by susinger | 2005-03-25 00:07 | 建築
建築家 P・ジョンソン死去に思ったらしい
昨日の朝日新聞朝刊に、フィリップ・ジョンソンについての隈研吾氏の書いた記事が載っていた。
彼は、コルビュジエやミースといった20世紀を代表する建築家とは、全く逆の手法で建築を作ったと。

つまり、前述の巨匠たちは、コンクリート、鉄、ガラスといった「物質」をいかに奇麗に組み上げるか、を追求した人たちであり、一方、ジョンソンは「映像」ありきで、その「映像」を物質へと翻訳していった、と。

で、それは「ディズニーランド」の手法と同じで、アメリカが世界を制した大きな要因である、と。

なあるほど、だと思います。
今でも、「物質」というものは非常に重要なファクターであり、その納まりというものが建築家の手腕の一つであったりして、宮脇檀のような真面目な住宅作家は、その納まりについて、いろいろと挑戦し、そして日本らしさというものも程よくできたような気がする。

一方で、モダニズムだとかポストモダンだとか、はたまたデコンだとかといった思潮のムーブメントはさっそうと時代を駆け抜け(というか、時代の後から付いてきたりして)、誰しもが、「装飾バブルだ!、次は壊すんだ!、いや、透明だ、建築を消せ!! 違う違う、スーパーフラットだ!!!」などと、あれこれしたのは事実であり(隈研吾氏のM2とかいい例のような気もする)、必死になって次の建築を模索したんだけれど、結局はそれを遠目でみて、

「いやはや、大変ですな」

と、ムーブメントの仕掛人の一人であるジョンソンが、普通の寝室で休んでいた、というのは、一本取られました、と言うより他無い。

具沢山のこってりラーメンもたまには良いが、最後にはあっさり醤油ラーメンが一番、というのが建築でも遊び(ディズニー)でも同じなんですなあ。
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by susinger | 2005-02-03 22:31 | 建築
Mini Cad懐古
私が学生の頃は(などと書いたらおじさん臭いが)、まだまだパソコンが普及していなくて、それでも研究室には何台かのPCと院生が使うMacがあった。

はじめは、Freeの定番、JWCで平面を描いていたが、なんとなくつまらなくなり、課題だコンペだ、といいつつ、Mini Cadで3Dを作るようになった。

動機はどうであれ、何となく操作は覚えることはできたのだが、今となってはそれほど使うことはなくなってしまった。今は自宅のMacでMini Cad7をつかっているけれど、知らない間に、VecterなんてPCよりの名前になってしまったのだな。。。

確かにパソコンのスペックも信じられないぐらいに高性能になり、レンダリングも早くなった(学生時代はレンダリングをしたら、それから飯食いに行って、風呂に入って、帰ってみたら、Macは仮死状態で止まっていたりしたもんだが)。

でも、私の基本的な使い方として、Mini Cadで描いた内観パースを一度印刷して、手書きでトレースする、というのが主流だったこともあって、未だに、その中で作り込むことができない。細かいことになるとちょっと面倒になって、手で描いた方が早いような気もしている。やはり、Form Zなどを導入すべきなのか。。。

とはいっても、所詮趣味の領域。コンペにも挑戦していない昨今。
地道に頑張るしかないな。

でも、Mini Cadは便利。
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by susinger | 2005-01-14 22:58 | 建築
隔世遺伝の間の世代
安藤忠雄氏の記事、7日の朝日新聞朝刊で見ました。

あいかわらず、メディア露出度の高い氏ですが、彼に引き続いて出てくる人がいません。どうしてだろう。

建築家は作品作ってなんぼ、なのは当然なのでしょうが、今回の記事にあるように、建築家という職業の人たちが、教育や環境のことを考えることは大変意味があるし、そうやって「考えていますよ」、ということを世間にアピールすることはもっと重要だと思う。結果的にそれが実を結んで、少しでも教育や環境が改善されることが望ましいわけだけど、それは建築家だけが提言して実践することでもないでしょうから。。。

氏は、小さな活動(オリーブの木を植えるとか)が少年にきっかけを与える、それが社会へ繋がる、というようなことを書いていて、隔世遺伝になれば、と少し年寄りのような結論で結んでいるけど、隔世遺伝ってことは、私の世代はもう見放されて、飛ばされてしまったのだろうか!?

私が考えるに、団塊の世代といわれた時代は「比例」だった。働けばそれだけ儲かって、見返りもあった。つまり親の世代。
私たちより少し上の、つまりバブルの世代の時代は「反比例」だった。少数の者が信じられない富を築き、多数の者は、儲かった気持ちでいたが全体というものは決まっていて、それはなかなか気付かれなかった。

そして、私たち「バブル後の世代」の時代。それは社会から見放されたような虚脱感の中で、それでもなんとか社会に入り込もうとしてモガク。結局、若いうちはなかなか結果が見えなくて、それでも生きていくしかない時代。私は今を「積分」の途中だと思いたい。今はなかなか見えなくても、年をとったときに大きな評価ができるように思う。

だから、隔世遺伝と世界的な建築家に言われ、相手にされない世代であっても、いつかこの経験が必要になってくる時代が必ずやってくると思う。

なんだか少し話が逸れたが、何だかんだいって、安藤忠雄氏の言っていることは正しいような気がしてくるから不思議なものだ。さすが、元ボクサー。
パンチが効いている。
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by susinger | 2005-01-08 15:53 | 建築
アンタダは確かに地道にやる
 私の住んでいる県の地方では、サクラの苗木に「里親」制度のような感じで、一本一本名前がある、という企画物がありました。まだまだ、小さな苗木に名前入りの札がかかっています。誰も好んで見に来ないような場所ですが、そういった試みは確かに地域に根ざしています。
 そんな地味な活動の対局にあるような森ビルの開発ですが、あれはあれで、数十年年前から、法律改正を余儀なくさせるくらいのパワーで六本木開発を進めてきて、そうしてやっと(役所を交えているんで、本当にやっと)六本木ヒルズができたのだから、表面だけを捕らえてバブルのような印象はありません。わりと地道に頑張ったんじゃないかと思う。まあ、六本木周辺の静かに暮らしていた人たちにとっては迷惑かもしないけれど(でも、ヒルズのとなりのマンションに移り住んでいるわけだし)。
地下鉄六本木を出たら、人の流れ変わりましたよね? そういうことって建築(開発なんだけど)の力を感じさせます。決して乱開発とは思えないし。法律を逆手に取った巧いやり方なんじゃないかな。だから、ひとくくりにバブルというものは、もう終わったと思いたい。。。
 地域の特性を活かす、それは六本木という「地域」にもあてはまるものだと思います。(地域と地方は大きく違うと。。。)
 でも、地方は地方で、頑張らないとね、色々と。
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by susinger | 2004-12-17 23:37 | 建築
ああなるほどアアルト
 ちょっと前に読んだ本で、アアルトの設計した週末住宅のようなものがあって、有無を言わせない自然感に脱帽したんだけど、なによりも格好良いと思ったのは、外壁からパティオにかけてのレンガの張り方で、実に多様なモザイクを実験していた。
 どの張り方が美しいのか、結局答えが出ないような張り方なんだけど、そういった姿勢が格好良かった。
 統一されたデザインで張れば、それはそれで完成度が高い作品になっていただろうが、あえて実験するところがなんとも渋い。と思いませんか?
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by susinger | 2004-12-13 22:59 | 建築